メンタル不調の患者さんの回復の指標に。
内田クレペリン検査が、リワークセンター内の共通言語。
医療法人社団 柏水会グループ 三軒茶屋診療所 東京リワークセンター
センター長/作業療法士 佐藤俊之さん
作業療法士 小林陽香さん
作業療法士 熊谷将汰さん
利用者同士の交流も盛ん、
和気あいあいとしたリワークセンター
東京リワークセンターの事業内容や規模感などを教えてください。
佐藤:三軒茶屋にあるメンタルクリニック「三軒茶屋診療所」が運営するリワーク施設です。「リワーク」とは、うつ病や適応障害といったメンタル不調で会社を休職されている方を対象とした復職支援プログラムのこと。医師や看護師、作業療法士や精神保健福祉士などの専門スタッフが連携し、利用者さんのスムーズな職場復帰をお手伝いしています。
熊谷:東京リワークセンターのメインのスタッフは3名で、利用者さんは常時20名前後。当施設では利用者の方々を「メンバーさん(※1)」と呼んでおり、各々の状態や病状に適したプログラムを個別に提供しています。メンバーさんごとに違いはありますが、3~6か月ほどで卒業し、職場復帰される方が多いです。
※1お互いの関係性を大切にするために、アメリカの支援施設のケースなどを参考にした。


週に1回以上、個別の面談も行われる
主に、三軒茶屋診療所の患者さんを対象にしているのでしょうか。
佐藤:三軒茶屋診療所内のリワーク施設ですが、メンバーさんの7~8割が他の診療所からの紹介でいらっしゃっています。リワークセンターは施設ごとに独自の特色があるため、ご自身に合った施設を選択することが重要だと思います。
熊谷:当センターの特色は2つあります。1つは、セルフモニタリングトレーニング(自己洞察や内省)や、認知行動療法やグループワークトレーニングといったプログラムに加えて、集団スポーツを行っていること。医学的にも、適度な運動を行うことでうつ病の再発が予防できるとされています。バスケットボールやフットサルなどを行い、職場復帰のための体力回復と運動習慣の獲得に務めています。
佐藤:もう1つは、通常の「リワークプログラム(9~16時)」に加えて、「ナイトケア(16~20時)」も実施していること。アフターフォローも目的としていて、職場復帰後、仕事終わりに参加することが可能です。
ナイトケアでは、どんな活動を行っているのでしょうか。
熊谷:カウンセリングや通常のプログラムに加えて、ナイトケア限定のボードゲームや、特別ルールを採用した麻雀の大会を開催しています。また、駒沢公園でナイトウォーキングやナイトランを楽しむこともあります。
佐藤:メンバーさん同士の交流が盛んなこと、そしてOBさんの訪問が多いことも当施設の特徴です。日常的な作業をプログラム化することで、「麻雀大会があるなら参加しようかな」「歩きに行こうかな」と、気軽に遊びに来てくれるんです。OBさんたちが、現役メンバーさんたちの復帰後のロールモデルになっていると感じています。


プログラムの一環で、カードゲームも行う
定量的検査を取り入れることで、
メンバーさんの症状をより客観視できるようになった
内田クレペリン検査との出会いについて教えてください。
佐藤:日本うつ病作業療法研究会で、内田クレペリン検査に関する情報を間接的に耳にしていました。その後、日本うつ病リワーク協会の大会に参加した際、とあるメンタルクリニックさんが「自社のリワークに内田クレペリン検査を活用している」という趣旨の発表をされており、「当施設でも、こうした定量評価を取り入れていくべきだ」と実感したんです。
それまで、メンバーさんの症状把握にはどのような検査を用いていましたか。
佐藤:「SDS」や「HAM-D(ハミルトンうつ病評価尺度)」といった心理検査、そして面談を行っていました。ご存じの方も多いでしょうが、SDSは患者さんご自身による自己評価、HAM-Dは専門家が評価を行う検査です。そのため、「必ずしも客観的な評価ができているわけではない」と感じていました。内田クレペリン検査を導入したことで、その課題が解決できたと感じています。


東京リワークセンター センター長/作業療法士 佐藤俊之さん
複数回受検することで、
「本来の作業曲線」が見えてくる
どういったタイミングで、内田クレペリン検査を実施されていますか。
佐藤:当施設では内田クレペリン検査の受検を必須にしています。検査の目安は約3回で、通所開始時に1回目、卒業までに2回目、復職後に3回目を受検されるのが平均的です。
東京リワークセンターでは3回分の検査結果を一緒に表示する「経年変化帳票(※2)」も利用されています。内田クレペリン検査を複数回受検することに、どのようなメリットを感じていますか。
佐藤:内田クレペリン検査は、受検者のコンディションに応じて検査結果が変化します。複数回の受検の中で結果に変化が見えると、リハビリテーションによる回復を感じることができます。また、1回の検査だけではメンバーさん本来の作業曲線が見えにくいこともあります。2回、3回と検査を重ねていくことで、その人にとって「ちょうど良い」作業曲線が見えてくるため、「この作業曲線を維持しよう」という指標にもなっていると思います。
小林:メンバーさん自身も、内田クレペリン検査の検査結果を参考に、休憩を取るタイミングなどを意識されています。また、検査結果と自己認知にズレがないかを確認し、安心したり、新たな気づきを得るきっかけにしたりすることもあるようです。復職前に、「自信を持って働けそうです」と仰ってくださった方もいました。
※2複数回受検者の検査結果をまとめた検査結果報告票。


東京リワークセンター 作業療法士 小林陽香さん
内田クレペリン検査が、
私たちの「共通言語」になっている
内田クレペリン検査が、メンバーさんにポジティブな影響をもたらしているんですね。検査に対して、ネガティブな印象をお持ちの方はいませんでしたか?
小林:過去に就職試験などで受検された経験がある方は、「またこの検査か」とうんざりされることもありました。以前受検した際にフィードバックがなかったため、検査の意義が理解できなかったそうです。そこで、皆さんに検査の意義を示すため、最初は私たちスタッフが検査を受けることにしました。
スタッフ自らが、先導して受検されたんですね。
小林:あとは、内田クレペリン検査が当施設の「共通言語」になっていることも大きいでしょう。メンバーさん同士の会話で「私はウサギだけど、あなたはカメっぽいよね」とか「私はカメだから、こういうところがあるんだよね」とか、自然に出てくるんですよ。
佐藤:ウサギとカメは、私たちが内田クレペリン検査を説明する際に使っているたとえ話です。イソップ童話の『ウサギとカメ』になぞらえ、作業曲線の発動性が突出している人をウサギ、作業曲線が右上がりの人をカメと呼んでいます。ウサギタイプはスタートダッシュが得意で、後半に行くほどバテてしまう傾向がある。カメタイプは、瞬発力こそないものの、1つのことにコツコツ取り組む傾向がある。ゲームやスポーツのプレースタイルにも反映されるため、「私はウサギだから」「カメだから」といった話題が出てくるというわけです。
内田クレペリン検査の実施日は、どういった雰囲気なんでしょうか。
佐藤:当施設では土曜日に内田クレペリン検査を実施しており、午前を受検、午後をフィードバックの時間に設定しています。
小林:午後は、最初に1人につき10分程度の個別フィードバックの時間を設けています。残りの時間は概要説明とグループワークの時間にして、スタッフとメンバーさんが一緒になって検査の結果を読み解いています。
熊谷:グループワークでは、あちこちで判定結果の見せ合いっこが始まっています(笑)。「自分はこうだったよ」「こんなに回復したよ」などと言い合うことで、モチベーションアップにつながるようです。


東京リワークセンター 作業療法士 熊谷将汰さん
施設間・専門家間を越えての利用も検討中
スタッフの視点で、内田クレペリン検査を導入して「良かった」と感じることはありますか。
小林:1つは、リワークスタッフの観察による主観的指標に加えて、検査による客観的指標が得られるようになったこと。もう1つは、メンバーさんに対して指摘できることの幅が広がったこと。私は20代なので、自分よりも一回りも二回りも年上の方と向き合う場面も多いんです。そこで「私は作業療法士ではあるが、人生の大先輩にこういった指摘をしても良いものだろうか」と悩むこともありました。そこを「検査結果ではこうみたいだけど、あなたはどう思う?」という問いかけに変換できるようになったことで、ワンクッション置けているように感じます。
佐藤:スタッフが気になっている箇所は、検査結果にも反映されているんですよね。例えば、メンバーさんに限らず、自己評価と客観評価にギャップがある人って多いんです。「子供の頃から自分はカメタイプだと思っていたけど、実際はウサギタイプだった」とか。それが原因で空回りすることもあるので、そこはきちんと指摘するべきですね。
これから内田クレペリン検査を導入しようと考えている方に対して、アドバイスはありますか。
佐藤:リワーク施設の利用者さんだけではなく、スタッフの方々にも受検をおすすめしたいです。自分の特性に気づく機会になるのはもちろん、利用者さんにも説得力を持って検査をすすめられるようになります。
今後チャレンジしてみたいのは、作業療法士を目指す学生への実施や、施設間・専門家間を越えての実施。産業保健活動の関係者たちが同じ場所で受検し、一斉にフィードバックを受ける。そうすることで、新たな発見や気づきを得ることができるのではないでしょうか。東京リワークセンターを舞台に、そうした機会も設けていければと考えています。


※ 記事は2025年5月時点のものです。