技能五輪の選手育成に使用。
多様性時代の「個に応じた指導」を実現するため。
株式会社DENSO(デンソー) 技能五輪元金メダリスト・現コーチ・チーム監督 上田兼正さん
DENSO(デンソー)の事業内容、歴史、規模感など概要を教えてください。
1949年に愛知県で創業した、自動車技術やシステム・製品の開発を行う、自動車部品のメーカーです。世界中に拠点があり、自動車部品メーカーの中で世界No.2の売上規模をほこっています。実は、QRコードを開発した会社でもあります。
そんなデンソーが創業以来最も力を入れているのが人材育成です。私たちの人事理念は、「モノづくりは人づくり」。継続的なイノベーションを生み出すためには、長期的視点の人材育成が欠かせない。「技術と技能の両輪」で、企業としての成長を実現してきました。
内田クレペリン検査も、人材育成のために導入されたと聞きました。
具体的には「技能五輪の選手育成」のために導入しています。
最初に、デンソーの若手技能者を育成する仕組みについて簡単に説明させてください。デンソーでは、上記の人事理念「モノづくりは人づくり」を実現するため、1954年から「技能養成所(現・デンソー工業学園)」という職業訓練施設を運営しています。中学校卒業者と高校卒業者を対象に、当社のモノづくりの知識と技能を教育しています。
同学園の卒業生の大半は職場に配属されますが、中には技能五輪を通じて卓越した技能を育成する「技能開発課程」に進む者もいます。そこで、内田クレペリン検査を活用しています。
技能五輪というのは?
22歳以下の青年技能者を対象にした、「技能」を競う大会のこと。毎年国内で開催される「全国大会」と、2年に1度国内外で開催される「国際大会」があります。前者は1963年に初開催され、デンソーは第1回から毎年参加しています。競技職種は全42職種で、機械系や金属系、建設・建築系、電子技術系や情報通信系、サービス・ファッション系と多岐に渡ります。私たちはこの62年間欠かすことなく大会に挑戦し、金メダルをはじめとしたメダリストを育ててきました(23年11月時点)。
技能五輪に参加することで、デンソーにはどんなメリットがあるのですか?
一番の目的は、将来の日本やデンソーのモノづくりを担う若手高度技能者の育成です。
技能開発過程のコースから職場に配属された人たちは、モノづくりに対してのマインドセットが高い傾向にあるように思います。たとえ壁にぶつかっても、諦めずに挑戦し続ける「粘り強さ」を持っているんです。2年間の厳しい訓練過程を通じて、課題や問題の解決力が自然と養われたのでしょう。
技能五輪の元選手は、職場に配属された後も周囲から一目置かれますよね。職場に元メダリストがいることで、心強さを感じる人も多いのではないでしょうか。
とはいえ「優秀な選手=人格者」とは限りませんから(笑)。元技能五輪の選手といっても、私たちコーチからしてみれば20代前半の子供たち。精神的にはまだまだ未熟なところもあります。
先ほどは金メダルの保有数を誇るような言い方をしてしまいましたが、金メダルを獲得できたか否かはそこまで重要ではないんです。大切なのは、技能五輪に参加した後「どのように自分と向き合っていくか」という部分です。
選手は金メダルを目指して日々訓練に励みますが、大会で自分の目標を達成できた選手は、その成績に見合う人物になるよう一層努力する。自分の目標を達成できなかった選手は、その悔しさをバネに職場で新しい目標を見つける。私の経験上、達成できなかった選手ほど仕事熱心になり、精神的な成長を遂げていく傾向があると感じています。技能五輪で金メダルを目指した経験が、若い技能者たちの成長の糧になっているのです。
選手たちの「伸び悩み」解決の糸口として。
デンソーが技能五輪にかける想いが伝わりました。
技能開発過程で、内田クレペリン検査はどのように活用されているのですか。
各選手の性格や作業傾向を把握するために使用しています。目的は、選手たちの「伸び悩み」を解消するため。
伸び悩みを感じ始めたのは2020年の春頃。メダル獲得数が伸びない状況が続き、伸び悩みを感じるようになりました。同時に、技能五輪でメダルを獲得できないまま技能開発過程コースを修了する者がいることにも疑問を抱くようになりました。先ほども言ったように、私たちが技能五輪に参加する一番の目的はメダルではありません。とはいえ、「なんとかメダルを獲得させてあげたい」という親心もあったんです。
少子化で人的資源が減少する中、選手ひとり一人の成長と発揮能力を最大限に引き出すための試みが必要だと感じるようになりました。そんな時に出会ったのが、内田クレペリン検査でした。
内田クレペリン検査のどのような部分に可能性を感じましたか。
検査を通じて各選手の性格や行動面の特徴を把握することで、「個に応じた指導」ができる可能性があると感じました。当時の訓練過程では、主に長い歴史の中で確立した「画一的な指導」を採用していました。元技能五輪の代表選手がコーチとなり、自分たちの訓練方法を脈々と受け継いできたのです。
しかし、現代は多様性の時代。従来の考えややり方にこだわらず、より早い段階で選手ひとり一人の個性に合わせた指導を行うことが、何かしらのブレイクスルーにつながるのではと期待しました。
個に応じた指導とは、具体的にどのようなイメージでしょうか。
世の中には「競争相手がいた方が盛り上がる」という人もいれば、「競争相手がいると気を揉んでしまう」という人もいますよね。こうした性格の傾向に合わせて、周囲の環境を整備していくようなイメージです。
問題は、こうした傾向がパッと見では判断できなかったこと。2年間付き合った最後の最後に「この選手は、マイペースに見えて人一倍周りを気にする負けず嫌いだったんだ」と分かったこともありました。最初にそれが分かっていたら、もっと別な指導方法もあったはずなのに。そこから、「大まかにでもいいので、各選手の性格の傾向が分かるような検査があれば」と考えるようになりました。
コーチと選手が、共に成長するために。
内田クレペリン検査の導入はどのように進んでいきましたか。
最初は、技能開発過程のコーチとOB、現役生、合わせて約50名に一斉検査を実施しました。22年5月頃だったと思います。その後は、技能開発課程コースの新規入学者を対象に毎年実施するようになりました。
内田クレペリン検査の結果は、主にコーチ間で共有されているのでしょうか。
コーチと選手全員で共有しています。検査後は、日精研のスタッフも交えメンバー全員でディスカッションを行いました。6人1チームを作り、各々の検査結果を見比べながら「これってどういうことだと思う?」と語り合ったんです。検査結果からは、各選手の大まかな性格と行動の特性を読み取ることができます。たとえば「発動性」の項目が高い人は、様々なことに意欲的で行動力がある分、やや軽率な一面もあるようです。こうした結果を受けて、「その通り!」という人もいれば、「ピンとこない」という人もいました。最初は半信半疑だったものの、周囲から意見をもらう中で「確かにそうかも」と納得した人もいたようでした。いずれにせよ、各々が自己の内面を見つめ直す機会になったと感じています。
内田クレペリン検査は、採用のスクリーニングに使用されることが多いんです。結果を元に実施者と受検者がディスカッションするのは、よい試みですね。
私たちとしては、コーチと選手の「成長のため」という思いが強いです。コーチはもちろん、選手にも「自分や相手にはこういった勉強方法や指導方法が合っていそうだから、試してみようかな」なんて考えて行動してみてほしいです。内田クレペリン検査が、選手たちのやる気や行動を促すきっかけになればと考えています。
実は技能開発過程の選手たちには、内田クレペリン検査を2回実施しています。1回目は同コースに進学した1年目の春。そして2回目は、同コースを修了し、職場に配属される直前の春。2年間で自分の波形がどう変化したか知ることで、何かしらの学びや気づきを得られるかもしれない、と思って。
2回目の検査で、結果は変わっていましたか。
大きく変わった人もいれば、ほぼ変わらない人もいました。「作業量や作業スピードが上がった反面、ミスの量は増えた」など、自身の成長と共に新しい課題が発生した人も多かったです。
とはいえ、落ち込む必要はありません。重要なのは、こうした課題を「本人が把握できているか」ということです。たとえば「焦っているとミスが増えてしまう」人は、緊急時こそゆっくり作業するように心がけておくといい。その情報が頭の片隅にあるとないでは、有事の際に大きな差があるはずです。検査結果をお守りのように胸に抱えて、職場に巣立ってほしいなと。
今後、内田クレペリン検査をどのように活用していきたいですか。
理想は、内田クレペリン検査の結果からさらに多くの情報を読み取り、ある基準で適不適を調べるでなく、その人の特性をより活かす育成の手法に還元していくことです。そのためには、私たちコーチも内田クレペリン検査について学んでいく必要があるでしょう。
その学びをどのように広げていくかは、未だ模索中です。注意しているのは「こんな結果の選手にはこうした指導をするべき」などのマニュアルを用意してしまうと、その型にはまった指導を行ってしまう可能性がある点です。それは本末転倒ですよね。検査の結果をふまえ、どのように育成に生かしていくか。ひとり一人の成長の変化を把握しながら、これから先も長く使用する中で、考え続けていきたいです。コーチも日々勉強ですね。