目次
1. 医療保険が適用される心理検査
2. 原因なのか、結果なのか?
3. 精神疾患の診断の難しさ
4. 「疾病性」と「事例性」
よくあるお問い合わせのひとつに、「内田クレペリン検査の結果で、入社後に“うつ”になりそうな人がわかりますか?」という質問があります。あわせて、この数年は「発達障害の傾向がわかりますか?」という質問も増えています。人事の担当者にとっては、入社後に精神疾患を発症したり、メンタル不調に陥る社員が出ることは、それだけ悩みの種であることが察せられます。そこで、今回は内田クレペリン検査が精神疾患やメンタル不調を予測することができるのか?という点について書いてみたいと思います。

1. 医療保険が適用される心理検査
- 医療保険の対象となっている心理検査
- 内田クレペリン検査で精神疾患を特定できるか?
企業の人事部門などで内田クレペリン検査を適性検査として利用している人はご存じないかもしれませんが、じつは内田クレペリン検査は医療保険(正式には医科診療報酬)の対象に認定された心理検査でもあります。内田クレペリン検査は「D285 認知機能検査その他の心理検査」のなかの「操作が複雑なもの(280点)」というカテゴリに分類されており、すこし乱暴に言えば、医療機関が診療の一環として内田クレペリン検査を実施すると、一件あたり2,800円の金額を請求することができます(この記事の執筆時点の情報)。
こんなふうに書くと、あたかも内田クレペリン検査が精神疾患やメンタル不調を予測することができるような印象を与えてしまうかもしれませんが、実際はそんなに単純ではありません。先に結論を言ってしまえば、内田クレペリン検査の結果(だけ)をもって精神疾患やメンタル不調を特定することはできません。その理由について、順を追って説明していきましょう。
2. 原因なのか、結果なのか?
- 健常者集団と精神疾患集団の比較
- 相関関係と因果関係のちがい
診療報酬の対象になっているということは、医療現場において内田クレペリン検査に一定の妥当性が認められているということです。最初にそういった妥当性を裏づけるデータをひとつ紹介したいと思います。【図1】と【図2】は、健常者集団(健常者群)と精神疾患と診断された人たちの集団(精神疾患群)における内田クレペリン検査の結果の違いを示したものです。

【図1】は、作業量(足し算のできた量)を多い~少ない順に5段階に分けて、その分布を健常者群と精神疾患群で比較したグラフです。左側の健常者群では、「多い」と「普通」の段階が全体の80%を占めるのに対して、精神疾患群は「やや少ない」以下の段階が70%近くを占めています。【図2】は、作業量だけでなく他の要素も含む総合評価の結果を比較したグラフで、それぞれを「定型」と「非定型」という二つの段階に分類しています。簡単に説明すると「定型」は標準的な範囲の結果、「非定型」は標準から外れた特徴のある結果と言えます。健常者群は70%以上が「定型」を示していますが、逆に精神疾患群では60%以上が「非定型」を示しています。このように、健常者と精神疾患では、検査の結果にはっきりした分布の違いが表れます。
しかし、このデータを根拠にして「内田クレペリン検査で精神疾患を予測できる」などと軽々しく言うことはできません。なぜなら、このデータで精神疾患群とされた人たちは、すでに発症したり障害と診断された後に内田クレペリン検査を受検した人たちだからです。もともと作業量が少ない、あるいは非定型の傾向がある人たちが精神疾患になったのではなく、精神疾患を発症した結果として作業量が減少したり、非定型の特徴が出現したと解釈することができます。つまり、このデータは精神疾患の「原因」を表すものではなく、「結果」を表しているということです。ふたつのデータに相関があったとしても、そこにどのような因果関係があるのかは自明ではありません。慎重に解釈することが大切です。
3. 精神疾患の診断の難しさ
- 内田クレペリン検査だけで精神疾患を診断することはできない
- 精神疾患を素人判断することのリスク
内田クレペリン検査の結果をもとに将来の精神疾患のリスクを予測することは難しい、ということを説明しました。では、将来の予測は難しかったとしても、受検した時点(現在)の結果をもとに精神疾患を特定することはできるのでしょうか。残念ながら、それも簡単にはできません。
その理由のひとつとして、精神疾患を診断する技術的な難しさが挙げられます。骨折のような外科的なケガであれば、レントゲンなどで調べることができます。あるいは、癌などの内科的な病気は癌細胞などの生体検査をすることではっきりするでしょう。いっぽうで、精神疾患の多くは、そういった客観的で決定的な診断基準を設定するのが難しいという事情があります。精神科医は、患者さんの訴える主観的な苦しさや生活上の問題(拒食、過食、不眠など)、社会的な機能(人間関係や就労状況など)を総合的に判断しながら、病気や障害の種類や程度を診断していきます。
ですから、内田クレペリン検査の結果に非定型の兆候が表れたからといって、短絡的に特定の精神疾患や障害と結びつけることはできません。あくまで、面接による問診や観察、他の心理検査の結果などと総合して診断することが前提となります。あらためて【図1】や【図2】を見てみると、精神疾患群にも作業量の高い人や定型の人が一定数含まれていることがわかります。このことからも、内田クレペリン検査の結果が単純に精神疾患と結びつくものでないことがおわかりいただけるでしょう。これは内田クレペリン検査に限らず、すべての心理検査に言えることです。
もうひとつ大事な点として、倫理的な問題を指摘しておきたいと思います。当たり前のことですが、精神疾患に限らず、病気の診断ができるのは正式な免許をもった医師だけです。とくに精神疾患の診断は人権にも大きく関わるもので、歴史的にも非常にデリケートな問題です。昨今、産業領域で「うつ病」や「発達障害」が問題になっていることは確かですが、会社のマネージャーや人事担当者が素人判断で精神疾患を見立てることは、倫理的に非常に大きなリスクをはらんでいます。このことは、あらためて認識しておいたほうがいいでしょう。
4.「疾病性」と「事例性」
- 精神疾患が会社に与える影響
- 精神疾患が疑われる社員への対応
- 内田クレペリン検査の結果はどのように診断に役立つか

精神疾患の診断の技術的な難しさと倫理的な問題について指摘しましたが、そうなると会社はそういった問題について、いっさい触れないほうがいいのでしょうか。実際には、そういうわけにもいきません。精神疾患の多くは従業員の業務上のパフォーマンスにも大きく影響しますので、会社の業績にも関わってきます。同時に、マネージャーや人事担当者は従業員の健康にも配慮する必要があり、そうなると「倫理的な配慮」と「業務上の責任」のあいだで板挟み状態に陥ってしまうでしょう。
そんな苦しい立場の人たちに紹介したいのが「疾病性」と「事例性」という考え方です。「疾病性」というのは、まさに前述した医師が判断すべき性質の問題を指しています。一方で「事例性」というのは、医師に限らず誰もが客観的に観察できる性質のことがらを指しています。たとえば、会社で思うように機能していない社員がいたとします。そんなとき、いきなり「うつ病」や「発達障害」といった病気を疑うのではなく、どういった事例(ことがら)の集積によって「機能不全に陥っている」と判断されているのかを、まずは整理してみましょう。
たとえば、病欠や遅刻が多くなった、就業中に居眠りをしている、身だしなみが乱れている、以前より仕事に時間がかかるようになった(残業が増えた)、提出された書類にミスが多い、などなど。こういった事例は単独では誰にでもありえることですが、いくつも重複したり、一定期間続いたりすると、やはり何らかメンタル不調のサインと考えることができます。
内田クレペリン検査に話を戻すと、作業量が少ない、総合評価が非定型になるといった結果は、こういった事例性の材料のひとつと解釈することができるでしょう。内田クレペリン検査の結果単独で何らかの精神疾患の診断ができるわけではなく、診断を構成するいくつもの事例性の素材のひとつとして用いられると捉えるのが適切です。
ここまでの内容をまとめると、内田クレペリン検査は精神疾患やメンタル不調を診断する際の客観的な材料のひとつとして用いるには有効なものの、内田クレペリン検査の結果だけで精神疾患やメンタル不調を診断できるような根拠にはならない、ということになります。最近、インターネット上で「内田クレペリン検査はサイコパス診断をする検査」といった言説を見かけますが、この記事で説明してきたように、サイコパスに限らず、内田クレペリン検査単独ではいかなる精神疾患も診断することはできません。くれぐれも、そういった虚偽の情報に惑わされないように注意してください。
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