「この落語家を聴け!」広瀬和生

先日、とあるご縁で雑誌「BURRN!」の編集長であられる広瀬和生さんの講演(講義)を聴講させていただく機会がありました。「BURRN!」といえば知る人ぞ知るヘビーメタル専門誌。決して熱心な読者というわけではありませんでしたが、僕も中高生の頃にけっこうお世話になりましたっけ。
そんな雑誌の編集長の特別講義ですから、それはもう、重い重いヘビーメタルへの想いが語られるのかと思いきや、、、なんと講義のネタは「落語」!! 一瞬「え、なんで!?」って感じですが、実はこの広瀬さん、ヘビーメタルとは別に30年以上のキャリアを誇る筋金入りの落語マニアという一面をお持ちでして、その趣味が高じて、今夏アスペクトから『この落語家を聴け!』という単行本を上梓されたほどなんです。
さて、講義当日。自己紹介を兼ねてヘビーメタル業界の現状について語り始める広瀬氏。最近めっきりメタルを聴かなくなってしまった僕にとっては、それはそれで興味深い話なのですが、今日はやっぱり落語の話が聴きたいなあ、いつになったら落語の話になるのかなあ、なんて思って聴いていたら、なんとそのヘビーメタル業界の話が、そのまま落語を語る前フリ(落語ではマクラっていうんですかね)になっていたんですね。
いまや斜陽(言い過ぎ?)のヘビーメタルと対比しながらの落語の構造分析には思わず苦笑。とくに「落語はライブを聴くべき。昭和の名人のCDなんて聴くのは、昔のロックの名盤を聴くようなもの。そんなところからスタートしてたら、リッチー・ブラックモアまでも辿り着けないぞ!」なんて下りには、思わず吹き出しそうになってしまいました。でも、それって単なるギャグじゃなくって、「落語は今が旬のエンターテイメントである」という広瀬さんのもっとも伝えたかったメッセージなんでしょうね。なんか落語=伝統芸能=敷居が高いなんて勝手に思い込んでいた僕には、目から鱗の連続でした。
なかでも感動したのが、立川談志師匠の「落語とは人間の『業の肯定』である」というお言葉。落語には、ダメな人間がたくさん出てくる。むしろダメな人間ばかり出てくる。酒が目の前にあれば飲んじゃう。女の人が目の前にいれば浮気しちゃう。そんな人間の業を肯定することこそが落語の魅力なんだそうです。 そうかあ。「ヘビーメタル」と掛けて、「落語」と解く。その心がやっとわかりましたよ。どちらも「ゴウノコウテイ(剛/鋼の肯定)」です。などと、変なところで激しく首肯(ヘッドバンキング)。
ヘビーメタルから落語へ。重いものがやがて落ちていくように。どんどんスピードが増していく感じの、あっという間の90分でございました。
さっそく、その日の会社帰りに書店で『この落語家を聴け!』を購入。並みいる積読本を差し置いて読ませていただきましたが、講義に負けず劣らず、広瀬さんの落語への愛情が溢れる素敵な一冊でございました。 それにしても、51人もの噺家さんをよくぞここまで細分に差別化して紹介できますねえ。すごい。これぞ、現代落語曼荼羅。あるいは落語スーパースター列伝。
しかし。私、敢えてこの素敵な本にケチをつけさせていただきます!
それは、この本が電車で読むことを考慮されていないということです。だって、「芝浜」や「子別れ」の下りではウルウル涙が溢れそうになるし。「もぐら泥」(喜多八)や「千早ふる」(文左衛門)や「菊のお皿」(歌武蔵の太ったお菊!)のところではニヤニヤ笑いが止まらないし。。。通勤電車で僕の前に立っている人は、さぞや気味が悪いんだろうなぁ。なんて思いながらも、読むのが止められない!
そして何より辛いのは、これだけ落語熱を煽られているのに、僕のなけなしのお小遣いじゃあ、なかなか高座通いというわけにはいかないところですよ! ちくしょう〜、生で落語聴きたい!聴きたい!聴きたいや〜い!



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