映画「アイアンマン」

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前回に続き、社内クラブにまつわる「ひとり言」。

10月1日。わが社に新入社員がやってきました。彼には近いうちに、このブログで自己紹介をしてもらおうと考えていますが、入社前に彼が「映画好きだ」という情報をキャッチしていた我々「映画クラブ」は、入社初日にもかかわらず、なかば強引に彼を映画「アイアンマン」に連行したのでした。なんてったって、月に一度の「映画の日」ですしね。

さて、そのアイアンマンですが、上映開始から30分の「語りのエコノミー」に圧倒されてしまいました。主人公トニー・スタークの生い立ちから、現在の彼のステイタスと人生哲学、そしてテロリストによる拉致事件と脱出、その事件をきっかけとしたアイデンティティ・クライシス、そしてアイアンマンへの変身までを一気に描く、その明快さ!

しかも、その語りのスタイルが、プレゼンテーションであったり、インタビューであったり、記者会見であったり、ことごとくジャーナリズム的形式やビジネス的形式に依存しているんですよね。前半の30分に限っていえば、唯一、テロリストに拉致されたスタークの心情の変化だけが、インセンという登場人物との対話によって語られていますが、これもほとんど独占インタビューみたいなもんだっていう気もしますし。。。

この徹底した「語りのエコノミー」は、映画の後半をアクションに費やすためというのが最大の理由なんでしょうが、一方で、この手法から生まれる明快さは、トニー・スターク(=アイアンマン)という大企業のCEOが求められる「経済性」や「透明性」を表しているようにも思えてきたり。もはや「語りのエコノミー」というよりも、「エコノミー」そのものって感じです。

この冒頭30分をプレゼンテーション「アイアンマン誕生の秘密」だとすると、これに続くアイアンマン=スーツの開発過程を描く30分は、新商品の仕様書なんでしょうね。スーツの「安全性能テスト」がクライマックスで主人公の生死を分けるところなんか、PLO法とかISO基準への適応をアピールしているみたいですし。


スーツといえば、ずいぶん前にmixi日記で「『スパイダーマン』、『ハルク』、『ファンタスティック・フォー』、『Xメン』という、マーベル・コミックスを代表するキャラクターたちは、人体が内面から侵されることでスーパーヒーローに変身するという共通項がある」っていうようなことを書いたのですが、「アイアンマン」はまったくその逆で、トニースタークが外装=スーツを着替えることで生まれるスーパーヒーローなんですよね。ポスターのコピーにあるとおり「装着せよ。強き自分。」というわけです。

さらに「内面」の変異という意味で面白いのは、「スパイダーマン」たちの「内面」の変異というのが、単に遺伝子の変異という物理的なものだけでなく、心的葛藤という「内面」の変化も同時に生みだしたという点です。

先日読んだ『戦争はいかに「マンガ」を変えるか』という本によれば、1960年代初頭、スタン・リーがマーベル・ルネサンスによってスーパーヒーローに「(心的)内面」を与え、フランク・ミラーとアラン・ムーアが『ダークナイト・リターンズ』と『ウォッチメン』でそれを完成させた、というわけです。その後、この「(心的)内面」という領域は、スーパーヒーローを描くうえで新たなトレンドになっていくわけですが、クリエイターたちが彼らの「内面」を掘り下げれば掘り下げるほど、彼らスーパーヒーローは「外面」との間に深刻なギャップを抱えるようになってしまい、、、気がついてみると、スーパーヒーローたちが、みんなある種のスキゾフレニアみたいになってしまっていた、という皮肉な事態が起こるわけです。今年描かれたスーパーヒーロー映画のなかでも、「ダークナイト」や「ハルク」あたりは、この「内面/外面」分裂型のスーパーヒーローとして描かれていたんじゃないかと思います。

それじゃあ、外装のスーパーヒーローである「アイアンマン」では、その「(心的)内面」の葛藤をどう取り扱うのかっていうのが気になるところなんですけど、この部分についても「内面/外面」分裂型のヒーローとは対照的な描かれ方になっていました。映画のラスト、記者会見に立ったトニー・スタークが、渡されたメモを放り出して「アイ・アム・アイアンマン!」って言い放つシーンは、従来型の「内面/外面」分裂型スーパーヒーローへの決別宣言なんでしょうね。


ところで。この「内面/外面」の分裂や葛藤って、単にスーパーヒーローの悩みっていうだけじゃなく、いま企業が抱えている偽装問題/内部統制とかとダイレクトにリンクしてくるように思えるんですよね。カート・ビュシーク風にいうなら、「内面と外面が分裂したスーパーヒーローは、現代企業のメタファーになりうる」というわけです。

そう考えてみると、「スパイダーマン」=偽装型スーパーヒーロー、「アイアンマン」=内部統制型スーパーヒーローという見立てが可能なんじゃないか、と。あのラストの記者会見で偽装メモを放り出して、自らの言葉で「内面/外面」の統合を宣言するスタークの対応が、まるで企業のリスク・マネジメントにおけるマスコミ対策のお手本のように見えてしまうのは僕だけなんしょうか。。。

きっと船場吉兆のおかみさんも、事件の前にこの映画を観ていたら、あんな酷い記者会見にはならなかったんじゃないでしょうか。っていうか、うちの会社も、見習わなきゃなぁ・・・

日時: 2008年10月06日 16:30   カテゴリ: 社員のひとり言   投稿者: momoto
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コメント

ムツ 2008年10月07日 10:19:

アイアンマンはもう一回観たいなー。

映画クラブのメンバーも増えたことだし、いい映画を沢山観て、沢山語りあいたいですな。

次回は何を観よっか?


momoto 2008年10月07日 16:41:

同じ映画を観ているのに、みんな受け取り方が違うんだよね。まさに開かれたメッセージ。
映画を観た後に、いろいろ語り合うと、いろんな意味で「他者性」に触れられるよなぁ。
ムービーエンカウンターとでもいいましょうか。

次回は、クマガイ先輩も誘って「レッドクリフ」行きましょう!





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