秘伝追求

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とうとう梅雨がやってきましたが、私はおよそ1年越しでこの季節を待っていました。
実は去年急に梅酒を作ることを思い立ち、スーパーに走った時には既に半月ばかり遅かったらしく店頭に青梅は見当たらず、1年も辛抱しなければならんのか、と相当に悔やんだのでした。

幸いそのことはまるで忘れていて、切ない1年間を過ごしたわけでは全くなかったのですが、先日近所にオープンした酒のディスカウントショップのチラシを見てそれを思い出しました。で、ついに昨日生まれて初めて梅酒を仕込んだという訳です。

当時も今もテレビや映画のヒーローものなどでは、魔法めいた様々なものが生みだされる様が描かれます。子供も大人もこういうあやしい実験めいたことが好きなのに違いありません。酒に何かを漬け込んで熟成させるやり方には古来よりあらゆるバリエーションが試されてきたのでしょうが、それもみな何らかの魔法が起こることを期待した実験だったのだと思われます。

さて子供のころ、分別ゴミなんて概念がまだなかったゴミ捨て場で、ガラスやプラスチックの容器を拾ってはその中味を混ぜるという“実験”にひとしきり凝ったことことがありました。「魔法」にまだリアリティを感じることができた頃の話です。
ある日いつものように友達と獲物をあさっていた私は、フィルムケースほどの大きさのガラス瓶を拾いました。いつも実験の材料となるのは、調味料や化粧品や栄養ドリンクだったりするのですが、過去に出くわした事のない珍しい材料を探し出すのは自分たちにとって常に相当重要なことでした。そしてその瓶には、いかにも理科室の試薬の中にありそうなむしろそっけない感じのラベルが貼られていて、いつもの素性の知れているものとは明らかに趣が違いました。ひょっとすると、今日はいい実験ができるかもしれないと、理科好きだった私が期待したのは当然の事でした。
しかも底にわずかばかりの液体が残っています。わずかばかりというのがポイントが高いわけです。たっぷり残っていてはありがたみがなく、かといって少なすぎては出来上がる量が物足りない。瓶の中に残っていたのは、本来の目的(それは何だかわかりませんが)にはやや足りないようでも、私たちの実験にはちょうどいい具合に貴重な材料となりそうな量でした。
さらに大切なのはやはり色とにおいで、凡庸な色とにおいの材料では、奇跡的な効果は期待できないと思われました。しかし瓶はビール瓶のような茶色で中味の液体の色はわかりません。
するとこの中味が期待に添うものかどうかを確認するには、もうにおいをかぐほかありません、私はキャップを外し瓶の口に鼻を寄せ、躊躇なく息を吸い込みました。次の瞬間、殺意にも似た揮発性の猛烈な刺激臭が鼻から目に突き抜けました。
それは、そのあまりにもキッタナイ遊びから遠ざかるには十分すぎるおそろしい出来事でした。こりゃ死ぬかもしれないと真剣に思った私は、それを期に危険な実験遊びとは一切縁を切り、赤い折り紙から抽出した色水をビンに入れ密封して暗いところに何年も置いておくと青くなるらしいとか、クワガタムシは冷凍庫の中で何分まで耐えられるか、などという穏やかな実験へシフトして行ったのでした。

それにしても仕込み、熟成、秘伝などという言葉にはやはりロマンを感じませんか。三日三晩かけて煮込んだオックステールシチューとか、オーク樽で数十年間熟成させたシングルモルト、などと聞かされると、時間をかけただけそれはきっとうまいに違いないと思います。
梅酒は身近で手軽にその玄妙なる熟成の技を試すことができるうってつけのお題なのでした。何しろご存じのとおり青梅はそもそも致死性の毒を含んでいるのに、氷砂糖とともにアルコールに漬けることで滋味深い酒に変わるわけですよ。一種の魔法ではないですか。
仕込んで2日目、まだ氷砂糖がとけ切っていません。3か月で飲めるようになり、6か月で飲みごろを迎え、その後具合を見つつ梅の果肉を除いてタンニンが染み出るという種だけをまた瓶に戻したり、漉してさらに何年も熟成させたりするそうです。
蔵とまでは言いませんが、納戸でもあればと思います。しかしそれを言っても始まらないので、北側の部屋の押し入れの隅で半年眠らせ、まずは自分の誕生日にヌーボー解禁とする予定です。

日時: 2008年06月09日 01:28   カテゴリ: 社員のひとり言   投稿者: sawada
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