「コンゴ・ジャーニー」(上・下)レドモンド・オハンロン

テレ=ヴィジョン、テレ=フォン、テレ=パシー、テレ=キネシス、テレ=ポート。「テレ」っていう接頭語は、たしか「遠い」を表すラテン語だったか?いやギリシア語だったか?とにかく、その「遠さ」は魔術的な力でも借りないと、とても埋められないような途方もない「遠さ」を表しているんだろうなぁ。そうであれば、アフリカはコンゴのジャングルの奥にあるというテレ湖も、ある種の魔術の力を借りなければ到底たどり着けない「遠き」湖なんだろうし、そんな湖になら、ひょっとして、いまも恐竜が生き残っているんじゃないだろうか。。。
コンゴの首都ブラザビルで妖しい呪い師から託宣を受ける冒頭の場面(いうなれば、ページを開けるとそこは呪術が支配する熱帯の国であった)から、そんな妄想を掻き立てられる『コンゴ・ジャーニー』でしたが、ついに読了。
あぁ、終わってしまうのね。。。という寂しさと同じくらい、あぁ、やっと文明的な(自分の知っている)世界に帰って来れるのね。。。という安堵感も憶えてしまう一冊でした。ただ面白い!というのではなく、ところどころで疲労さえも感じてしまうほど、緊張感漲るジャーニー=読書体験だったということなんでしょうね。
以前『ビッグフットの謎』(三田出版会)を読んだときにも思いましたけど、UMAというのは、実在する/しないに係らず、その土地のヒエラルキーを高める魔術的な効果を持っているように思います。その土地の持つ固有の歴史やそこから立ち現れてくる風土。そういうものを通過して初めて体験できるもの。物理的な距離だけでなく、形而上の分水嶺をも超えないと出会えないもの。
著者レドモンドの言葉を借りるなら、、、(以下引用)「こう・・・感じるものがあるんだな。いろいろな村を通って、ジャングルでピグミーを見つけて、ゴリラやチンパンジーやオナガザルやゾウを見ていったら、アフリカ人のものの考え方・感じ方に少しは触れられるだろう。そうしたら、テレ湖に何があるのか、現地にたどり着く前にわかるんじゃないかと思う」という感じでしょうか。
まぁ、このレドモンド(イギリス人)の発言に対する、相棒のラリー(アメリカ人)の「なるほど、じゃ、わかった時点で行く必要もなくなるな」って応答も最高なんですよね。この二人の漫才みたいな掛け合いが、緊張感を絶妙に緩和してくれていて、もうひとつ、この本の大きな魅力になっています。
果たして、レドモンドはテレ=湖と自分との間に横たわる、想像を絶する「遠さ」を克服して恐竜と遭遇することができたのか?彼のドラゴン・ロードの顛末、興味のわいた方は、ぜひご一読あれ。
(「チョコレートの真実」といい、「ルインズ」といい、今年はジャングル系の本ばかり紹介してるなぁ。とくに意識しているわけじゃなんですけど。。。)



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