ワークショップ回想
日精研ワークショップから、早くもひと月半が過ぎました。既に2人のスタッフが、それぞれ参加者、主催者として当ブログにレポート(ワークショップ体験談、ワークショップ事務局ひとり言)をアップしています。
その二人から遅れることほぼ1ヶ月の負い目を振り切って、自分が参加した(ベーシック)エンカウンターグループの感想を書いてみたいと思います。
そもそもの参加動機は、提供する側がプログラムについて要点をかいつまんで説明できるようになるため、というところにありました。それは他の参加者の方とは確実に異質な筈なので、自分が参加することで、本来目指すところと違う方に行ってしまうようなことがあってはいかん、という危惧もあり、エンカウンターグループについて事前に少し調べてみました。
およそのことはそれでわかったのですが、何しろ日精研のパンフにはカール・ロジャースが自ら『20世紀最大の文化的発明』と呼んだ、というこの上なく大げさな表現で紹介されていたりして、目指す自然体とはほど遠く、相当に緊張して臨んだ訳です。
結局3日間何をしたのかと言うと、輪になって座り、自然発生的に立ち上がる話題について、時にファシリテーターのかじ取りの助けを借りつつ、ただひたすら語り合ったというだけのことです。にもかかわらずここまで書きあぐねてしまったのは、そこで起こった事は一切外に持ち出さないという倫理的な制約以前に、それが予想を超えてインパクトをもたらしたずっしりと濃密な体験だったからに他なりません。
せっかくなので何か文学的なたとえでもひねり出したいところですが、なんにも出ないので、個人的な感想を敢えて乱暴に一言で言ってしまえば、『ファンタジー』という表現が最も近いのかもしれません。
受講された方の1人から、「もし恋愛感情みたいなものが芽生えても、それはそこでだけのものだから、勘違いするなよ(笑)」というアドバイスを受けて来たという話しを聞かされましたが、ただ絵空事とか幻とか気の迷いというような不確実なものでもなかったよなぁとも思います。
或いはそうなるにはそれなりの時間とできごとの共有が必要なはずの「同じ釜の飯を食った仲間」の何歩か手前まで、極めて短い時間で行けた3日間、という言い方もできるでしょうか。
回りくどいですね。回りくどくなかなか要領を得ない己れを自覚することもできました。また過去にセッションに参加した私よりはるかに口の達者なスタッフが、「エンカウンターグループとは何なのか?」という自分の質問に、「うーん」と唸って、「まあ、とにかく行ってみてくださいよ」としか言えなかった理由もよくわかりました。
余談ですが、その1週間ほど前から体調が芳しくなかったこともあってか、ワークショップではそれまで経験したことの無い肩から首にかけての尋常じゃない凝りと、奇妙な頭痛に悩まされ続けました。さらに全く自覚していなかったのですが、家に帰る地下鉄の中で、突然自分が心身共に疲れ果てていることに気付き、帰宅して測ってみたら体重が1.5キロ減っていました。人が話すことを聞くこと、そしてそれについて考えること、さらに自分の考えを伝えることに力を振り絞った3日間だったことを実感した次第です。
それでも冷静に思い返してみれば圧倒的に反省することばかりで、だからこそ機会があればまたどこかで参加してみたいという気持もあるのですが、同じエンカウンターは二度とあり得ないということがわかった今は、これ一回きりでいいのかもしれないとも思います。
最後に、今回ご一緒できた皆さんとファシリテーターの土屋さんに感謝の気持ちを伝えて終わりにしたいと思います。
どうもありがとうございました。機会があったらまたいつかどこかでお会いしましょう。



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