時代はまわる…-惜別、寝台急行銀河-

『東京駅発、消えゆくブルトレ 「銀河」「富士」「はやぶさ」…利用客減、廃止の方向』
去年(2007年)の11月のある日曜日の朝、まだ半分寝ぼけた眼で開き見た新聞の見出しにこんな項目を見つけた私新人1号は、即座に、『これは絶対にせめて「銀河」にだけは『お別れ乗車』しなけりゃいけないな…』と感じました。

申し遅れましたが私、新人1号は大の鉄道ファン。しかも、列車に乗ること自体が大好きで、ただその為だけに現地へ行って(現地で何もせずそのまま)帰ってくる、なんていう旅をすることも厭わない、筋金入りの『乗り鉄』属性(鉄道ファンには興味の対象によって幾つか流派(?)があるんです。詳しくはこちら)。でも、今回私が銀河にお別れ乗車をしなければならないと思ったのは、私に、単に1人の『乗り鉄』鉄道ファンとしてのみでは収まらない、「銀河」への惜別の思いがあったからなのでした…。

今を遡ること十数年前、私は新社会人としての第一歩を、「銀河」の行き先地である大阪の地で踏み出していました。某大企業の大阪支社勤務だった訳ですが、それまで出身地の関東から離れたことの無かった私にとり、大阪勤務を告げる辞令には、どこか他の国にでも行くことにでもなったかのような響きがあったことを、今も鮮明に思い出します。

慣れない土地、(新人ということもあり)慣れない仕事、そしてそれまで甘チャンな一学生だった私が初めて出会った、厳しく、かつ泥臭い大人の社会の現実(←ココは少し大袈裟ですかね)…。なかなか思うにまかせない日常に、正直言って当時の私は、自分ではどうにもしようがない苛立ちで半分不貞腐れつつ毎日を過ごしていました。

そんな当時の私の数少ない気晴らしの内で最高のものといえば、お盆や年末などに関東へ帰省することでした。休暇前日の夜にはそれこそ大喜びで東京行き最終「のぞみ」に乗り込んだものです。そしてつかの間の休息の後、休暇の最終日に大阪に戻る時にいつも利用していたのが、件の「銀河」でした。『楽しかったこの数日はもう終わりで、明日からはまた大阪での日常が始まってしまうんだよな…』。そんなちょっぴり切ない思いを抱きつつ、夜食と、(普段はあまり飲めないはずの)アルコールとを片手に関東近郊の某駅の、既に深夜になり人影もまばらなホームから「銀河」に乗り込むのが当時の私の休暇最終日の習慣のようになっていました。そして列車はゆっくりと走り出し、列車が関東地方と東海地方を分かつ丹那トンネルに入る音を聞く頃、寂しさと切なさなどの入り混じった酔いの内に私はいつしか眠りに落ちる…。そんなことを、当時何回繰り返していたことでしょうか…。


そんな、かつての私にとって特別な存在だった「銀河」が廃止されてしまう…。良かれ悪しかれ自分の人生の1ページを間違いなく構成している存在が、ある日を境に永遠に失われてしまう…。表現はちょっとオーバー気味ですが、まぁそんなような思いで、私は「銀河」に感謝と別れを告げるため、また、自分の記憶にも、「銀河」という列車が存在していた、ということを深く刻み付けるためにも、是非とも『お別れ乗車』はしておこう、と思ったのでした。


…そしてこの2月の某日、私は「銀河」に乗車できる最後の機会を得ることができました。
DSC00039_mini.jpg


かつてと同じように、翌朝すぐに仕事に着て行けるような服装で、片手には少しばかりの夜食とポケットサイズのウィスキーの入ったコンビニの袋を持って、私は夜10時を過ぎた東京駅の10番ホームに立っていました。

それは当時と現在とでは私の立ち位置や考えが変化しているなら、せめてあの頃やっていた自分なりの『お作法』を再現して当時の感覚(切なさや寂しさ、もっと言ってしまうと、『自分の行く先が見えない』という漠然とした不安感)をかすかにでも思い出してみよう、と考えてのことだったのですが、ちょうどその頃に私的なことで色々あり、ちょっとした不安事・心配事を抱えつつの最後の「銀河」乗車となるに至っては、『何もそんなところまで再現されなくても良かったのにな…』、と、内心苦笑しつつ列車の入線を待つこと約20分。


新橋駅側から「銀河」がゆっくりと入線してきました。
DSC00036_mini.jpg
DSC00021_mini.jpg


私は、いかにも『乗り慣れた』という足取りで乗車、今夜一晩の寝床となる寝台に向いました。
DSC00056_mini.jpg


指定された寝台には枕、シーツ、毛布に浴衣などが整然と用意されています。
DSC00042_mini.jpg

『そうそう、まずは浴衣に着替えなくっちゃ。それから、畳んであるシーツを寝台に広げて枕と毛布を置いてっと…』、と、半ば反射的に夜行列車に乗ってから最初にするべきだったことをこなしていきます。そうしてどうやら落ち着いた頃に列車は出発。客車列車特有のゆるゆるとした加速を伴って「銀河」は東京駅を後にしました。

一方、私はというと、通路側の折り畳み式のベンチを広げ、窓枠に先程の夜食とポケットウィスキーを置いて、これもかつてと同じように車窓を眺めながらのささやかな晩餐と相成ります。
DSC00066_mini.jpg


列車の揺れも手伝って、今晩のアルコールは廻りが速い。列車がかつての私の「銀河」乗車駅だった某駅に到着する頃には、私の方もすっかり『出来上がって』しまっている次第。ですが、私は当時の感触を追体験しようとわざわざ乗車口まで行って、かつて私の「銀河」乗車駅だった駅のホームをひとしきり眺めます。スーツ姿の男性が一人、そそくさと寂しげに乗り込んで来た様に見えたのは、私の気のせいだったのでしょうか?
DSC00055_mini.jpg


そうして、かつての記憶を辿りつつ「銀河」への惜別の情を新たにしていると、私の心にある曲が浮かんできました。それは…


今はこんなに悲しくて
涙も枯れはてて もう二度と笑顔には
なれそうもないけど

そんな時代もあったねと
いつか話せる日が来るわ
あんな時代もあったねと
きっと笑って話せるわ
だから今日はくよくよしないで
今日の風に吹かれましょう…


それはかつて大阪勤務時代の私が、この項の最初の方で書いたような日々感じていた漠然とした不安感を紛らわすため良く聴いていた曲。中島みゆきの『時代』。『時代』の歌詞は、さらにこの後こんな風に続きます。


まわるまわるよ 時代はまわる
喜び悲しみくり返し
今日は別れた恋人たちも
生まれかわってめぐりあうよ…


当時、『先が見えない』と不安を感じていた時には『これホントかよ?!』と半ば自嘲気味に聴いていたこのフレーズですが、今となってみると(最後の2行はさておくとして(苦笑))、じんわりと心に響くものがあります。かつても今も、その時点、その時点のネガティブな感情だけがその後の全てを支配するものでは無い。日々の『流れ』に身を委ねることで自分の気の持ち様が変わっていき、その結果として、周囲の環境も変わっていく、のだろう…。当時よりちょっとばかり年長者になった私にはそんな感覚が実にしっくりとくるなぁ…。なんてことを、「銀河」の車窓から流れ行く景色を見ながら、しみじみと考える2008年冬の私なのでした。

そんなことを考えている内に、いつしか「銀河」は丹那トンネルに入ったようでした。当時の私ならそろそろ夢の世界に落ちている頃だったのですが、今日の私は、「銀河」に対する惜別の情と、当時の自分と今の自分との、ものの考え方の変化に対する驚きで『これはしばらく眠れそうにないなぁ』、と思いながら、『まぁ、それも良かろうか…』と、半ば今日の「銀河」の旅路に最後まで付き合うのを覚悟しつつ、改めて車窓を流れる風景に眼を凝らしたのでした…。


※この後、3月14日東京出発便を最後に、「銀河」は廃止となりました。私の人生の中で大きな印象を残し、そして走り去っていった「銀河」。今まで本当にありがとう。私にとっては生涯忘れることのできない列車です。

DSC00028_mini.jpg


今回は(も?)下手な長文にお付き合い頂きまして、本当にありがとう&お疲れさまでした。
今回のブログはこれまでです。また次回にお会いしましょう。

日時: 2008年03月30日 23:01   カテゴリ: 新入社員日記   投稿者: 新人1号改め電車でG☆
トラックバック

このエントリーのトラックバックURL
http://www.nsgk.co.jp/mt/mt-tb.cgi/130
コメント




ログイン情報を記憶しますか?

(スタイル用のHTMLタグが使えます)