「チョコレートの真実」キャロル・オフ

ロアルト・ダール原作、ティム・バートン監督の「チャーリーとチョコレート工場」は表向きコメディ調ながら、どこかブラックな「苦味」の効いた映画でした。チョコレート工場への招待状は世界中に5枚だけ配布されましたが、当選したのは何故か白人の子どもたちだけだったり。。。それに対して、工場で働かされているウンパ・ルンパという部族は、あきらかに土人みたいな風貌(土人という言葉は差別用語でしたか)のうえに、工場に軟禁状態で、おまけに怪しげな人体実験までされていたり。。。最後も、一見ハッピーエンドに見えるんですが、主人公の家族だけが広大な工場のなかに接収されていて、工場の外の貧困(この貧困はそもそもチョコレート工場が従業員を解雇してウンパ・ルンパという安い労働力に切り替えたことが原因なのに!)から切り離され、ひたすら自分と家族だけの甘い生活(窓の外に降る雪は実は砂糖)を手に入れていたり。。。
そんな、どこかビターな演出の秘密が、「チョコレートの真実(原題"Bitter Chocolate")」という本を読んで、なんとなくわかったような気がしました。この本に書かれているのは、スペインのコンキスタドールによるアステカ文明の侵略に始まるチョコレートの呪われた歴史です。
ヨーロッパにもたらされたチョコレートが徐々に世界経済に取り込まれ、原産地である南米が西欧諸国の搾取の泥沼にはまっていく過程は悪夢そのもの。やがて西欧諸国の貪欲(プランテーションによる過剰な作付け)が南米のカカオを全滅に追いやると、その悪夢はアフリカに飛び火。アメリカを中心とした多国籍穀物メジャーや製菓会社は、徹底的に原産者の利益を削り取る構造を完成させ、そのツケはマーケットのもっとも弱い部分にまわってきます。児童の強制労働。
この現代の奴隷制にやっと世間の注目が集まり、多国籍企業に対する世論の非難があがり始めた矢先、その舞台であるコートジボワールは経済的な破綻を契機に内戦状態に突入します。多国籍企業に代わって、新たな搾取の構造として出現する独裁政権とカカオ・コネクション。
(以下引用)「EUの報告書が明らかにしたのは、資金がカカオ管理機構の迷路を通って徐々に消えていくペテンだ。(中略)農民のために基準価格を保つことに充てられるはずの資金が流用され、まず戦費にまわり、それから大統領官邸へまわった。悲劇的なサイクル。税金、納付金、恣意的な価格設定が重なり、農民はカカオ豆を非合法に他国へ売却せざるをえなくなる。」
「チョコレート工場」の陰には、「ホテル・ルワンダ」や「ブラッド・ダイヤモンド」が隠れていたってわけです。そして何よりも、「チョコレート」というイコンが、この搾取の構造を暗黒神話にまで高めているように思います。途上国の子どもたちの奴隷労働のうえに、自分の子どもたちの大好物が成立しているという、強烈なコントラスト。
今年のバレンタインデー、娘にもらった手作りチョコは、昨年よりも「ほろ苦かった」ような気がしました。



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