心躍らせるための手続きについて
札幌の市街地に野生の鹿が現れた。
http://mytown.asahi.com/hokkaido/news.php?k_id=01000000711020004
調べてみると、さすが札幌だねえ、と済ませてしまうには現場はあまりにも街中で、いかに北海道とはいえ、どうして朝の9時にそんなところを立派な角を持つ鹿がうろついていたのか、おそらく何人もの住人が住宅地を歩く鹿を目撃したはずだ。驚くほかはない。
このニュースを見て思い出した。そういえば心から鹿の角を欲しいと思ったことがあったのだ。
大阪に住んでいた小学生の頃、奈良で鹿の角切りを見た。囲いの中に追い込んだ鹿をねじ伏せては、素早く鋸で角を切り落とす。入場券には番号がふられていて、切り落とされた角は抽選で観客に配られていた。すぐ近くにいたおばさんたちの一人に当たった。僕もどれほど自分の番号が呼ばれることを祈ったことか。何しろ作り物ではない本物の、生きた鹿の頭につい今まで生えていた角だ。恐竜の骨の化石とほとんど同じくらい価値があるもののような気がした。当たるまで見ているのだと粘ったのだが、結局親に促されて後ろ髪をひかれながら会場を後にしたのだった。
ところが鹿の角は、春先になると毎年抜け落ちるものだと最近知った。だからその季節に山を歩けば見つけるのはそう難しいことではないらしい。角探し!これは人様が切り落とした角を抽選でもらうことなど遠く及びもつかない、心躍るイベントではないか!!
そこで、早速わが社のインドア派若手社員3人ばかりに、ということで鹿の角拾いってのはどうだね?と聞いてみたところ、全員から真顔で、そのどこが楽しいんですか、と返された。それって強壮剤ですか?と、まるで見当違いな質問までされる始末。えーっ、楽しくないのか?何で?
確かにネットで調べてみると、たったの数千円で売っている。さして珍しいものではないのだ。しかしだ、だからといってクリックひとつでそれを手に入れてしまうのは、とてもつまらないことだと僕には思われる。それは自ら山に分け入って苦労した挙句に探し当てることとは全くの別の行為だ。僕は釣りをするのだが、釣った獲物は必ず食べる。ただ、必ずしも魚を食べたいがために出掛けるわけではないのだ。
敢えて面倒な手続きを踏み、わざわざ回り道をするところに楽しみがあり喜びが生まれる。決して教訓じみた話しをするつもりはなかったのだが、どうもそういうオチになってしまった。



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