「3時間台で完走するマラソン~まずはウォーキングから」金哲彦著

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運動会の華といえば、やはり各学年のトップランナーたちが競う紅白対抗リレーだろう。
すでに紅白の勝負は決していてもそれとは関係なく盛り上がるフィナーレの競技だ。
ただ短距離走ではどんなに頑張っても50メートル走でクラス平均のタイムしか出せなかった僕には、まるで手の届かない憧れでしかなかった。

さて小学5年生の夏、父親が転勤になり引っ越すことになった。
転校した先は体を鍛えることにとても熱心な学校で、その年の冬、前の学校には無かった校内マラソン大会があった。マラソンとはいってもコースは多分1キロくらいのものだったろう。学年別の大会だったので一緒に走るのは5年生2クラスで80人余り。僕は特に期するところも無かったので、最後尾あたりから何となくスタートし、大して入れ込むこともなく走っていた。しばらくするとスタートと同時にやたら息巻いてすっ飛んでいったはずのやつらが、バテバテになってみるみる遅れてゆく。
どうやら自分が結構早いらしいことに気づいた僕は、そこから全力で走った。そして短距離では思いもよらなかった学年2位でゴールしてしまったのである。

ただ、その後長距離ランナーとして僕が華々しい成績を残したなどということは全く無い。
小学校のときに少年野球チームに入っていたこともあり、中学では迷わず野球部に入った。昭和50年代の初めである。決して理不尽に厳しい雰囲気のチームではなかったが、効率をあえて求めず、苦しいことに耐えられなければ御利益は無いのだ、というおよそ精神論的なものを重んずる気風はまだあった。そんな練習の中では、走ることはあくまで単調で辛いトレーニングでしかなかったのだ。

ところが社会人になってからも草野球を続けていたこともあり、シーズンオフになると、よし鍛え直すぞ!走り出したりすることはたびたびあった。しかし旧来の野球部根性が災いし、たらたら走ることに何の意味があるか!と、どうしても自分を追い込んでしまう。せっかく走るからには“トレーニングの強度=成果”であってほしいので毎回タイムを計って記録しだす。さらにはかつてのトップスピードを再現したいという諦めの悪さもあったりして、苦しさはひたすら増し、しまいにはそれに嫌気がさして走ることをやめている、というパターンを毎度繰り返してきた。
ただその距離といってもせいぜいが2、3キロくらいのもので、そんなわけで僕にとってフルマラソン完走は、すさまじい苦難を乗り越えた末の偉業であり、あまりにも高い頂きと思われた。

去る2月18日、東京マラソン2007が開催された。冷たい横殴りの雨という最悪のコンディション。加えてマスコミの多くは、前代未聞の交通規制と3万人という参加人数によるトラブルを半ば期待するかのような報道ばかりを行っていたように思う。僕も、流行りにのって迂闊にも参加してしまった準備不足の素人ランナーが続々と棄権したり、想定外のトラブルが起こったりでドタバタするんだろうな、などといささか斜に構えて中継を見始めた。ところが終わってみれば完走率96.7%。衝撃的な数字だった。何しろスタート地点からの中継では、普通のおっちゃんやおばちゃんとしか言いようの無い人々もずいぶん見受けられた。そのほとんどが7時間以内で42.195キロを走りきってしまったのだ。

実は昨年末から、僕はまた走り始めていた。シューズも買った。新たに自宅を基点に片道2.5キロ、計5キロのこれまでで最長のコースを設定した。往路と復路のスプリットタイムを計り、記録更新がひとつの目標となっているのは変わらないが、やたら入れ込んでしまったこれまでとは違い、体が重い日にはできる限りのんびり走ったりもできるようになっていた。ただ42.195キロはあまりにも非日常的で、どんなゆっくりしたペースでも、その距離を走り切るのは無理だと思われた。あの一見ごく普通に見えた人達が、いったいどんなトレーニングを積むことで、フルマラソンを走りきる底力を身につけたのか、やはり見当もつかなかった。

この本を本屋で見つけたのは累計の走行距離が100キロを越えたころだった。
直球なタイトルだな、と思って手にとって見れば、1行目はいきなり「フルマラソンは、誰でも完走できる!」。またもやど真ん中に直球の連投。そうか、「誰でも」かあ。そう言うんだよなあ大抵と思ったが、買った。
隅から隅まで全部読んだ。まずはエスカレーターを使わず歩くことから始めなさい、と。フルマラソンを走るのだと決めても、無闇に気負うことなく、体に有効で自分に可能なちょっとした習慣を持つことから始めなさいと著者は言う。なるほど、じわじわと行けということか。
そこで毎朝地下鉄九段下駅では、エスカレーターを使わず103段ある階段を歩いて上ることにした。他の人はほとんど100%並走するエスカレーターを使っているので案外恥ずかしいのだが、まずはそれがひとつ。
ウォーキングからと著者は言うけれど、それは飛ばさせて頂き、トレーニングウェアを着ての最低負荷トレーニングはジョギングとした。本当はそれより遅いペースのロング・スロー・ディスタンスというトレーニングもあるのだが、それもいずれやってみるくらいの気持ちでスルー。
とにかく著者は随所で、決してムリをするな、アクセルにせよブレーキにせよムリをするなと言っている。もちろん本気でフルマラソンにエントリーするとなった日には、トレーニングは相当にハードなものになっているのだが、そこは違う次元のものとして忘れておくことにする。今のところはもうこれで十分だと思う。この余裕さえ持ち続けていれば、半年くらい先には20キロくらいなんということはなく走れるようになっているのかもしれない。フルマラソン完走へのプロセスの相当の部分は終わったも同然のような気がしている。
ただ、実際にフルマラソンにエントリーするのはまた別の話だ。気負っていいことは何もない。
だから、何だかずいぶん続けているもんだなあと思ったら、その時はもう少しいいシューズを買うくらいに留めておくことにしようと思う。

日時: 2007年05月11日 14:50   カテゴリ: 読んだら・・・   投稿者: サイコログアドミン